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他人の間違いに寛大でありたい

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人は多かれ少なかれミスをする。

 

機械であればミスは許されないが、人間には感情がある。

 

ミスは精神状態や心理状況に左右される部分が大いにあるので情状酌量の余地がある。

 

しかし、その余地は人によってサイズが異なる。

 

ある程度のミスであれば許してくれる人もいれば、少しであれば許してくれる人もいる。

ミスなんか一つも許さないという人もたくさんいる。

 

もっとも、そのミスがどの程度周囲に影響を及ぼすかということや、仕事であれば業種や職種によっても全然許容範囲が変わってくるだろう。

 

私の理想は、たとえどんな大きな間違いであっても、寛大に受け止めることができるようになることだ。

 

常に仏のような心持ちでいたい。

全てのことを許せるようになりたい。

 

もちろん、全てを許すというのは現実味に欠けるかもしれないが、理想は理想として持っていたい。

 

ここで補足すると、私の言う「許す」ということは、自分の感情を押し殺して許容するということではない。

 

感情自体を平穏に保ったまま、本当に心の底から許容できることだ。

 

正直なところ、今現在は日常生活を送る中で、些細なことにいちいち苛ついたりすることが多い。

 

運転中、横から入りたがっている車を前に入れてやったのにお辞儀やパッシングの一つも無かったら苛つく。

 

電車に乗っていて他人と目が合ったら、何見てんだよと苛つく。

 

コンビニで弁当を買ったのに箸がついていなかったらもう怒髪天ものだ。

 

そんなことでイライラしているような人間が仏のような心持ちで人を許したいなんて馬鹿げた話か。

 

歳をとるにつれて丸くなっていくなんてよく言うが、歳をとってからではなく今そうなりたいんだよな。

 

なんて、時間の流れに対してもイライラしている今日この頃。

 

道のりは果てしなく遠そうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初対面でタメ口ってどうなんだ

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日々生活をしていると時々、初対面なのにタメ口を使ってくる人間に出くわす。

 

特に仕事中にそういう人間と相対する確率が高い。

 

初対面の人と話すときは敬語を使うことが常識だと思っている私は一瞬ひるんでしまう。というか、あっけにとられる。

 

あれ?私たち知り合いでしたっけ?と問いかけてしまいそうになる(ここでもあくまで敬語)。

 

人にはそれぞれの距離感があるので、一概には言えない部分があるが、初対面からタメ口というのはどうかしている。

確実に距離感を間違えている。

 

例えるなら、外野の深いところに飛んできた打球なのにどんどん前進していくようなものだ。

距離感なんてまるで掴めていない。むしろ見えてるのか?と思うほどだ。

 

というか、大前提として、失礼だ。

 

失礼を「フランクな性格」という一言だけで片付けてしまって良いのだろうか、いや、良くない(反語)

 

タメ口でも許せるタメ口と許せないタメ口がある。

 

許せるのは、主に敬語を使っている中にたまにタメ口が混ざるタイプだ。

 

敬語:タメ口の割合が、8:2くらいが一番良い。それくらいだと可愛げがあるし、タメ口にも少し愛くるしさが感じられる。

 

逆に許せないのは、お分かりかもしれないが終始タメ口のタイプ。

 

敬語:タメ口の割合は0:10だ。想像しただけで眉間に皺がよる。

その中でも最上級に印象が悪いのが、タメ口が強すぎる人間だ。

 

タメ口が「〜でしょ」とか「〜だよね」等であれば、まあ、みぞおちを一発殴る程度で怒りはおさまる。

 

しかし、これが「〜だろ」や「〜じゃねえか」等ぶっきらぼうさに拍車がかかったものだと、顔面タコ殴りレベルであるし、少し不機嫌さが表に出てしまっているかもしれない。

 

おそらくそういう人間と話している時の私は、少し態度が悪くなっているし、相槌もろくに打たなくなっている(それでもなるべく最小限に抑えているつもり)。

 

「馬鹿」って言うと「馬鹿」って言う。

こだまでしょうか、いいえ、誰でも

 

なんて金子みすゞも言ってるくらいだから私は正常だと思うんです(という自己弁護をしてみたり)。

 

私より何十倍何百倍もそういう人間に接しているのに、笑顔を絶やさず接客するような、バリバリのサービス業の人ってやっぱりすごい。

 

見習いたい。

 

でも意外と私のような人間より、バリバリのサービス業の人の方が、そういう人間をゴミを扱うように見ているのかもしれないな。

 

そう考えると、自分の感情を必死に押し殺しつつもそういう人間と接している自分が、少し誇らしく感じられる。

 

 

 

 

 

 

東京の資本主義の縮図のようなところが好き

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東京という都市が好きだ。

 

地方在住である私は子供の頃から都市部への憧れを強く持っていた。その代表的な場所が東京だった。

 

欲しいものが何でも手に入る。

見たいものが何でも見られる。

やりたいことが何でもできる。

 

東京に対する私のイメージは大まかに言うとそんなものだ。昔から変わらない。

 

上記三つのイメージに共通しているのは、(金があれば)という前提が付いて回ることだ。

 

(金があれば)欲しいものが何でも手に入る。
(金があれば)見たいものが何でも見られる。
(金があれば)やりたいことが何でもできる。

 

一聴すれば、とても下衆で冷たいように思えるかもしれない。

しかし、これほど誰でも理解できる前提が他にあるだろうか。

 

サービスの対価として、それに釣り合うだけの報酬を要求する。

至極真っ当なことだ。

 

対価が支払えないのであればサービスを受ける権利はそもそも発生しないのは仕方がない。

慈善事業であれば話は別だが、会社は、そして社会全体はほとんどが営利で成り立っているのだから。

 

物心がついてそれをはっきりと理解してから益々東京が好きになった。

 

社会人になってからはその思いは強さを増している。その理由は単純で、金を稼げるようになったからだ。

 

金を稼げるようになったことで、ある程度の宿に泊まることができるようになった。食事にもある程度金をかけられるようになった。そして、ある程度のものは買えるようになった。マッサージだって金のことを気にせずに、行きたい時にふらっと行けるようになった。

 

持っている金が多いほど、活動範囲が広がっていく。とても明確で実に素晴らしい。

 

東京は言わずもがな、エンターテイメントが充実している。駅の近くで全てが事足りるような事もしばしばある。

 

これが地方だと、そもそもそういった商業施設が極端に少なくなる。行くにしても車は必須になってくる距離だ。

 

だからこそ、東京が好きだ。

年齢や職業、地位に関わらず、対価としての金を持っているかどうかでサービスの提供の有無が決まる。とても明確に。

東京こそが、等身大の自分を確認できる場所なのかもしれない。

 

 

 

 

人が「死ぬ」とはどういうことなのか

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人の死。

 

それは避けては通ることができない事象だ。

 

遅かれ早かれ、この世に生を受けた命は、産み落とされた瞬間から「死」という不変のゴールに向かって一心不乱に進んでいく。

 

どんなに才能があっても、頭が良くても、運動神経が良くても、格好良くても、どんなに過ちを犯しても、性格が悪くても、みすぼらしくても、死は必ず全員に訪れる。

 

この世で「死」だけが生命にとって唯一平等なものであるように思える。

 

しかし、「死」という事象は不変ではあるが、その解釈は人によって異なる。

 

ある人は、「心臓が止まることが死だ」と言い、またある人は、「寝たきりになっているのであればそれは死んでいるのと同じだ」と言う。

 

正解は分からない。

 

興味深いことは、「本当の死」を誰も知らないということだ。

 

今生きている人間は当然ながら、死んだことはない。

 

哲学的な観点や科学的な観点など、様々な切り口から死を語る人はいるが、一括りにしてしまえば、それは全て想像や予測だ。

 

死人に口なしとはよくいったものだ。

 

もっと興味深いのは、死者は生前よりも高く評価されるということだ。

 

同じ作品でも、生きている間より死後の方が高値がつくし、死んだ人は大体生きている間よりも「いい人さ」が格上げされている。

 

そして、死を「明」と「暗」のどちらで捉えるか、ということについても人それぞれだ。

 

「明」で捉える人は、「死んだら何もできない」や「まだまだこの世に未練がある」というように、現世に対して何らかの希望を見出している。

 

「暗」で捉える人は、「死ねば楽になる」とか「死んだら天国に行ける」といったように、現世ではなく、いわゆるあの世や来世に対して希望を抱いている。

 

これらはどちらが良いとか悪いとか、そういう単純な話ではない。

各人の性格や環境などが複雑に精神に作用して形成されるものだ。

 

この世にいる誰もが到達したことがない「死」という地点。

 

必ず誰しもが到達できるのに、人は我先にと死に向かって歩を進めている。

 

 

「死」って、そんなに尊いものか?

 

 

 

ヘッドスパ専門店を初めて利用してみた

人生で初めて「ヘッドスパ」に行ってきた。

 

前々から気になってはいたものの、中々行かないままだったので、今回意を決して行ってみた。

 

目次

 

1.ヘッドスパ専門店『RELAX HEAD』

 

美容室でもマッサージ店でも何でもそうなのだが、やはり口コミは大事だ。

 

そんな私が愛用しているホットペッパービューティー。割とリアルなレビューが書いてあるし、利用すればポイントは貯まるし、良い事尽くしの優良サイト。さすがリクルートさんですよ。

 

そして口コミで良かったのがここ。

 

 

beauty.hotpepper.jp

 

雑居ビルの10階に位置するヘッドスパ専門店。

 

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東京メトロ銀座線 末広町駅から徒歩30秒、秋葉原駅からも徒歩10分以内という好立地。

 

結論から言うと、とても良かった。入店からの流れとともに、以下に詳述したい。

 

2.入店からの流れ

 

まず、エレベーターで10階に着くと、店のドアを開けて店員さんが出迎えてくれる。

 

その後、受付室にあるテーブル椅子に腰掛けると、ジャスミン茶、・ウーロン茶・あともう一つ(何か忘れた)の中から私が選んだ飲み物を出してくれる。私はウーロン茶を頼んだ。

 

それを飲みつつ、初めての利用だったので簡単な問診票に現在悩んでいる症状や痛みの部位について丸をつけていく。

 

私は頭痛と首・肩の凝りに主に悩まされているのでその旨を記載した。また、マッサージの強弱も指定することができる。

私は強めが好きなので強に丸をつけた。

 

受付室の奥の部屋がマッサージを行う部屋となっていて、そこにリクライニングチェアが置かれている。

 

部屋は控えめな照明のおかげで薄暗くなっており、10階ということもあり、大きな窓からは都会の夜景を見渡すことができる。この雰囲気だけでもリラックスできるくらいだ。

 

3.施術内容

 

そしてマッサージ開始。

 

今回私が予約したメニューは、
「眼精疲労やストレス疲れに効果的!ヘッド&アイコース60分」(6,705円)

ちなみに通常価格は7,450円なので、ホットペッパービューティーのクーポンは使うべき。

内容としては、頭部と目の周辺を30分、小顔マッサージを10分、首・肩・デコルテを20分というもの。

 

全体重をリクライニングチェアに預け、目を瞑る。まずは、首・肩周辺からマッサージが始まる。力加減は絶妙で、丁度良かった。

ただもみほぐすのではなく、ツボを狙ってぐっと押していく感じがとても良い。

 

そして頭部のマッサージへと移行する。

なるほど、気持ち良い。これがヘッドスパというものか。そりゃ流行るわ。なんて心の中で感動していた。

 

それに加え、きちんと防音施工されているようで、施術室内はとても静かだ。

 

だんだんと心地良さが思考を押しのけていき、いつの間にか眠ってしまっていた。

 

途中で目覚めた時は、

「(いびきかいてなかったか)」とか、「(もし寝てる間にスタッフの方に声をかけられていたとしたら無視したみたいになってたよな)」、とか、様々な感情が湧き出てリクライニングチェアに接する背中に汗を感じた。

 

短時間ではあるが、それくらい熟睡したような感覚があった。60分とは言えど、あっという間だった。仕事中の60分とはこんなにも違うものか。

 

4.施術後

 

施術が終わり、立ち上がった時、まず身体の軽さを実感した。と同時に、頭がすっきりしている感覚。

正直こういう感覚を味わったことがあまり無いので何と形容すれば良いか、そしていい例えも思いつかない。それぐらい軽かった。

 

受付室に再度戻ってからはまた先程の3つの中から飲み物を出してくれる。さっきウーロン茶を飲んだので、私は今度はジャスミン茶を頼んだ。人生で初めて飲んだので、これがジャスミン茶か、たしかにジャスミンって名前の感じの味だな、なんて思いつつ、ごくごく飲み干した。

 

料金は最初に問診票を書いた後に支払っていたので、ジャスミン茶の余韻とともに颯爽と店を後にした。

 

書き忘れたが、スタッフの方が日本人の女性であることが個人的には安心感が高くて良かった。

日本人女性特有の奥ゆかしさや侘び寂びが応接から施術に至るまでの要所要所にちりばめられていたように思う。

 

ヘッドスパは初めての利用で、比較対象が無いのが心もとないが、満足度はとても高かった。

もし、私と同じように、初めて行くヘッドスパ店を探している人がいれば、ここをおすすめしたい。

 

宝くじなんてもう買わない(仮)

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一攫千金で仕事なんかやめてやりたい。

 

そんなことを思う人も多いのではないだろうか。

 

そうなると、短絡的ではあるが、

 

早く辞めたい→手っ取り早く大金が欲しい→宝くじ

 

という思考回路になる人も多いはず。

 

私も少し前までそうだった。

 

当選確率は果てしなく低い確率であるのはぼんやりとは分かっていた。

 

しかし、一縷の望みにかけて毎月1万円以上、多い月では3万円を宝くじの購入に充てていた。

 

そんなことを丸二年くらい続けていた。

 

しかし、ため息が出るほど当選しない。当たったことがあるのは3,000円くらいだ。

 

これだけ買っているのだから、1等、2等とは言わずとも、3等くらいは出てもいいんじゃないか???

 

なんて甘い考えを持っていた。アメリカで売っているカップケーキぐらい激甘だ。

 

買わなければ当たる確率はゼロだ!

 

なんて言葉を聞いて

 

そりゃそうだ!

 

なんて鼻息荒く購入していた。

 

今となって考えてみれば、その文言は宝くじを買ってほしい側の商売文句だったのだ。

 

ジャンボ宝くじで1等が出る確率は1000万分の1で、雷に撃たれるのと同確率らしい。

数字で見ると馬鹿馬鹿しくなる。

 

matome.naver.jp

 

お金が欲しくて購入しているのにどんどん減っていく。

仕事を辞めたくて購入しているのにどんどん辞められなくなる。

なんて滑稽なことだ。

 

これじゃ寄付しているのと同じだ。

たしかに寄付は良い事だ。しかし、月収の1〜2割を寄付に充てるのはさすがに馬鹿げている。

 

(薄給なので目に涙を溜めながらブログを書いていることは内緒)

 

 

そんなことができるのは、金持ちか心優しい人かよほどの馬鹿かのどれかだ。

 

 

とは言っても、宝くじの収益金の4割近くは公共事業等に使用されているらしい。

 

www.takarakuji-official.jp

 

これを見ると、少しは社会貢献してやってもいいかなあ

 

なんて、上から目線で思ったりする今日この頃。

公共の場で他人の迷惑を考えないやつって何考えてるんだろうな

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公共の場で迷惑な人間に時折遭遇する。

 

あの人たちは一体何を考えているのだろうか。

 

傍若無人と言ってもいいくらいの態度と行動。

もしかして他人が見えていないのか?と思うほどのものだ。

 

一言で「迷惑」とは言えど、これまで様々な種類のものを目の当たりにしてきた。

そんなやつらが以下の通りである。

 

 

 

・イヤホン音漏れイカレ野郎

 

鼓膜ぶっ壊れてんじゃねえのか???と思うくらいの音漏れをしているやつがたまにいる。

 

自分の知っている曲ならまだしも、何の曲か分からないから尚更イライラするのだと思う。

 

これが電車の中で出くわすならまだかわいいものだが、図書館でそんなやつに遭遇したことがある。

 

控えめに言って、イヤホンを引きちぎってやりたいくなる。

 

 

・ペン回ししては落とすやつ

 

いちいちうるさいの一言に尽きる。

ペンなんか落としてないでお前が地獄に落ちろって感じだ。

 

あとペン関連で言うと、ボールペンを無限にカチャカチャするやつもたまにいる。

ボコボコにしてやりたい。

 

 

・貧乏ゆすり

 

別に音がしないのならいくらやっていても構わないが、ズボンの素材によってはスッスッと断続的に聞こえてきて非常に耳障りなので、やめないなら後頭部をドーンしてやりたい。

 

 

・電車内で柿の種又はマックポテト

 

これは完全なテロリスト。凶悪犯も凶悪犯だ。

たとえ家まで何駅あろうと、徒歩で帰らせたい。

法律で取り締まってほしいレベル。

 

 

・騒ぐ子供を注意しない親

 

子供が騒ぐのは仕方がない。誰だって子供の頃はそうだったはずだ。

問題は、それを全く注意しない親。下手すると一緒なって遊んでいる親もちらほら見かけることがある。

注意できないなら公共の場に来るべきではない。

 

 

 

まだまだ迷惑な人間はたくさんいるが、ぱっと思いついた主なものはこれらくらいだ。

 

多かれ少なかれ、誰しも他人に迷惑をかけているのかもしれない。

しかし、せめてなるべく迷惑をかけないようにという気遣いが見えるのと全く見えないのとでは雲泥の差だと思う。非常に。